辺りを暗黒の霧に覆われた、禍々しい城。
その奥の王座の前で、戦いは繰り広げられていた。
「もう逃がしはしない!世界の平和の為、魔王!!貴様を倒す!!」
大理石の床や壁に反響して、勇者の声が部屋を満たす。
そこには、死すらもいとわぬ決意が込められていた。
後ろに控えた彼の仲間らしき者達も同様で、眼差しはきつく、目の前の的へと注がれている。
それらを見回し、長い金髪を優雅な仕草で払い、魔王―――そう呼ばれた者は余裕の笑みを浮かべた。
「ふ、よかろう。貴様ら如きの覚悟とやらを、この眼で見定めててやる。
・・・・・何処からでもかかってくるが良いッ!!!」
ごう、と、魔王を中心にして風が吹き荒れた。
黒いマントに包まれた身体がふわりと浮かび、勇者達を見下ろす。
それに一瞬怯んだものの、直ぐに各々の武器を握り直し、飛びかかっていった。
「何かを護ろうとする力は強い!!お前のような悪に、正義は負けない!!」
「そうよ!私達は仲間を、家族を、そして世界を護る!!」
「仲間?正義?下らん!!そんな甘ったれた意志では私は倒せんぞ!!」
「お前には解らないさ。解らない限り、俺達はお前に屈しないんだ!!!」
飛び交う声。双方が声を張り上げ、武器を、そして意志をぶつけ合う。
激闘。それは正に、そう呼ぶに相応しい物だった。
互いの信念を、理想を、時には悪と呼ばれる己が正義をかけた戦い。
―――そして遂に、その決着が付こうとしていた。
「ぐ・・・ッ、そ、んな・・・・まさか、私が・・・人間、如きに・・・ッ!!!」
ガッ、と地に膝を着き、肩で息をする。
戦いの前の余裕は微塵も見えない魔王を、勇者は見下ろした。
「お前の野望も此処で終わりだ。」
「く、そ・・・!!」
激情と苦痛の滲む表情で見上げるが、既に立ち上がるほどの体力は残っていない。
「世界の平和はもう誰にも脅かさせはしない・・・!!」
そうしてその手の聖剣を振り上げると、勇者は悪にとどめを差した。
勇者が去り、静寂が戻った王座の間。
地に伏し、息絶えた魔王。
それをじっと眺める影が、ふと柱の死角から姿を表した。
「………−−様。」
「ああ……」
影が静かに魔王へと声をかける。
すると、とどめを刺された筈の魔王が呻き混じりに応えた。
「これで、暫くは大丈夫であろう。私の仕事は終わった」
「ええ…彼等は去りました。お役目、ご苦労様です。」
「…っふふ…聞いて居たのだろう?彼等の言葉を」
伏したまま、魔王は微かに笑う。
影は少し、困ったような様子で側に跪く。
「はっ、お聞きしておりましたが」
「"何かを護ろうとする力は強い"…彼等はそう、言っていた。」
「…ええ。確かに」
「そして…"解らない限り、俺達はお前に屈しない"、と」
魔王は、ごろりと仰向けになった。
床に、美しい金髪が散る。
露になった表情は、打ち破れた悪の化身には到底似つかわしくない、安らかなほほえみ。
「解るとも」
ゆっくりと彼の手が上がり、空へと伸ばされた。
影は、何も言わずただ見守っている。
「何かを護る力は果てなく、限りない。その想いがある限り、人は決して諦めない」
何時しか、微笑は満面の笑みに代わる。
両腕をさらに高く、上へと。
此処ではない、何処か遠くへ。或いはこの世界の全てに向けて。
「…解っているさ。だから私は、私たちは、死力の限りを尽くしてお前達を護る。
その為ならばこの命、何度でも捨ててみせよう」
ふわり、と、腕が光に包まれる。
やがてそれは全身を多い、白く白く輝いた。
「なぜなら、私たちは、お前達を心から愛しているからだ……――――」
光が一層強くなり、魔王の姿が見えなくなった瞬間。
その身体は、光と共に消え失せた。
後に残ったのは、側に控えていた影と・・・小さなカケラ。
「…確認。壱百参十弐代目勇者とその仲間は全員無事に帰還、−−様、死亡致しました。」
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